デザイナー岡本菜穂と建築家・工藤桃子のスイス建築紀行

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今年5月、SIRI SIRIデザイナーの岡本菜穂さんと建築家・工藤桃子さんが4泊5日のスイス建築紀行をすることになったのは、岡本さんが大学院受験のため渡欧していたこと、そして工藤さんが幼少のころに6年間住んでいたスイスに、もう一度行ってみたいとの想いがきっかけでした。

もともと共通の友人の結婚式で知り合い、互いに「ウマがあった」と言う2人。チューリッヒで待ち合わせた2人が向かったのは、フランス、ドイツとの国境が交わるスイス北西部の街・バーゼル。有名建築の多いこの街で10以上の場所を巡った2人に、2つのハイライトとそこで見たこと、考えたことを語っていただきました。

 

写真左  岡本菜穂|NAHO OKAMOTO

SIRI SIRI 代表・デザイナー。桑沢デザイン研究所スペースデザイン科卒。2006年よりジュエリーブランド「SIRI SIRI」をスタート。建築、インテリアデザインを学んだ経験を活かし、ガラスなど身のまわりにある素材を使ってジュエリーをつくっている。http://sirisiri.jp/

写真右  工藤桃子|MOMOKO KUDO

建築家。東京生まれ、スイス育ち。多摩美術大学環境デザイン学科卒。工学院大学大学院藤森研究室修了。松田平田設計、DAIKEI MILLSデザインユニットを経て、2015年に MOMOKO KUDO ARCHITECTS 設立。インテリアデザインから森美術館「建築の日本展」の設計まで幅広く手がけている。現在は SIRI SIRI の新店舗を設計中。http://momokokudo.com/

 

スイスで知った「日本建築の哲学」

岡本:スイスの家具メーカー・ヴィトラの全商品が置いてあるミュージアム、本社オフィスや工場施設からなる「ヴィトラ・キャンパス」には、安藤忠雄さんやSANAA、フランク・ゲーリーといった世界的な建築家の作品があります。その敷地内を巡るツアーに参加をしたのですが、ガイドさんがものすごく日本建築好きな人で。

工藤:日本建築の思想に感動していましたね。

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岡本:たとえば日本の建築には、屋外と屋内の差をはっきりさせない、表現として外と中を分けないところがありますが、そうした日本人からすると普通だと思っていたことにヨーロッパの人は感動するんだなと思いながら説明を聞いていました。

工藤:ほかにも桜の木がたくさん生えている敷地内に安藤さんとゲーリーの建築が隣り合っていたのですが、ゲーリーはすべての木を切り倒して更地にしたうえで建築をつくったのに対し、安藤さんはほとんど木を切らずに自然を活かしたまま建築をつくっている。かつ、切った3本の木の葉っぱをコンクリートの壁に押し当てて、墓石に見立てた壁に木の存在を残しているのだとか。西洋では人間よりも自然のほうがヒエラルキーが下だけれど、日本では自然のほうが上なんだと。

岡本:わたしたちが恥ずかしくなるくらい、日本人がいかにすごいかということを説明してくれましたよね(笑)。ゲーリーの説明は5分くらいだったのに、安藤忠雄さんのほうは30〜40分あって。ほかの国の人を通して、日本人の哲学を再認識することができました。

SIRI SIRIも、モノ単体で完結するというよりは、デザインに少し隙間を設けたりすることで、その人なりにフィットするようなジュエリーをつくっている。そういう意味では自分も日本的な考え方やプロセスでモノをつくっているのかなと思いましたね。

 

「人間の能力」への信頼

岡本:ヴィトラ・キャンパスでは、「美しいものに投資をする」というスイスの価値観も感じました。自社の倉庫をわざわざ有名建築家に依頼する、ある意味では手をかける必要のないものにまで投資をするというのはスイスらしいなと。

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工藤:ヴィトラというデザイン企業の誇りや、いいものをつくり続けていくという精神を外に対して主張すると同時に、おそらく社内に対する教育にもなっているのだと思います。

岡本:そこは日本に足りていないところですよね。スイスって公共物がすごくきれいなんです。一般の人の目に触れる建築物が美しければ、人々の美意識の基礎になっていく。だから日本でも公共物をきれいにしたいという想いは昔からあって。

工藤:でも日本では、公共物にお金をかけると叩かれてしまう。そうではなく、本来は公共建築物にこそお金を使わないといけないと思うんですよ。民間では大きなお金をかけられないものに対し、国が率先して投資をしていかないといけないと思います。

岡本:あとはこのキャンパス含め、スイスには全然サインがないんですよね。工場からコンテナが出てくる場所には、日本だったらラインが引かれて「ここから先は危険」と書かれているじゃないですか。そういうのがここにはいっさいない。それって人間の可能性を否定していないからだと思うんです。つまり、本来人間には危険を察知できる能力があるのに、たとえば日本の公園に行くと「これはやっちゃだめ、あれはやっちゃだめ」ということばかりが書いてある。スイスの行政が公共建築にサインを置いていないというのは、人間の能力への信頼があるからだと思うんです。

工藤:駅もそうだよね。日本では駅ごとにつくられたような統一性のないサインが山のようにあるじゃないですか。

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スイスから帰国して1週間後に、あるベルギー人の夫妻とご飯をしたんですが、レストランで「アレルギーないですか?」と聞かれたんですよ。それを聞いて2人は「おもしろいね」って。つまりベルギーだと、アレルギーがあるかないかを申告するのはわたしたち側で、伝えそびれてしまったらそれは申告しなかったほうの責任だというんです。これはサインの有無にも通じる話だと思いました。どちらがいい・悪いという話ではありませんが、自分で気をつける、自分で気づくということが当たり前になっているヨーロッパと日本の違いはそこかしこにあるんだなと思いましたね。

 

人間性=ヒューマニティのあるものづくり

工藤:バーゼルからは、近代建築の巨匠、ル・コルビュジエの晩年作「ロンシャン礼拝堂」を見にフランスのロンシャンにも行きました。「近代建築の5原則」を唱えた人が、なぜ最後にこうした奇異なかたちにたどり着いたのか。彼が晩年にこういうものをつくったのは、すごく人間的だと思ったんです。いつか絶対に見たいと思っていた作品でした。

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岡本:コルビュジェによって提唱されたモダニズム建築が数多く生まれていった戦後は、すべての人に家を与えなければいけなかった時代。いかに効率よく、かつ快適に過ごせる空間をつくるかが建築家の仕事だったわけです。なのに、最後の作品がこれっていうのは感動したよね。外壁を1周するのに1時間以上かかりました(笑)。

工藤:最後に「表現としての建築」に戻っていった感じがするよね。彼のアーティストなところ、人間的なところが表れたのかなと。

岡本:いまってプロダクトやモノが溢れて、経済的な価値観のうえでしかものづくりができない状況ですけど、それでもわたし自身は「人間性=ヒューマニティ」を感じられるものをつくりたいし、見てみたいと思っています。たとえばモノ自体に人間味を感じることができたり、それをもつことで使う人の人生が少し変わったり、勇気をもつことができたり、そう思えるものをつくりたいなと。

そのためには、自分のネガティブな面も見つめなければいけないと最近は思っています。基本的にデザインはポジティブなマインドでしかつくらないのですが、ヒューマニティを感じられるものをつくりたいと思うなら、自分のネガティブな部分も無視してはいけない。それはとてもハードな作業ですけど、まずは自分の内面を掘り起こすところから始めようと思いましたね。

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工藤:わたしたちも最後にここにたどり着けるのか、という話もしたよね。乗るはずだった電車を見送って、最終電車の時間が来るまでいろんな角度から眺めて、最後はこの建物をつくるためにつくられた高台から眺めて、「あぁ、素晴らしい」って(笑)。時間をかけて悩みながらものづくりを行った先に、コルビュジェのような境地に至れるのかと。

一方で、コルビュジェの時代とは建築家の役目は変わってきていると思っています。コルビュジェの時代は建築をつくることが建築家の仕事だったけれど、いまの時代の建築家は、建築物をつくることよりも問題解決のプロセスを手伝う仕事が増えている。役割としては、そっちにより重きを置く時代になってきたと思っています。

これまでは建築や設計といった手段でクライアントの問題を解決してきましたが、いまは必ずしも建築をつくることだけが解決方法ではない。最終的に「建築をつくらない」という判断をするのも建築家の役目かなと。とくに日本は高度成長期に必要のない建築物をつくってきてしまったので、これからはそもそも建築というものを、お金や時間、エネルギーをかけてつくるべきものなのかどうかを建築家が考える必要があると思います。

 

「普遍的なかたち」を求めて

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工藤:岡本さんのつくっているジュエリーはかたちが建築的だと思っていたので、彼女と一緒にスイスの建築を見て回ったのは楽しかったですね。わたしが知っているほかのジュエリーデザイナーはもう少しロマンチックというか、情緒的な感覚でつくっている印象があったんですね。でも彼女と話していると、もっと構築的で、ロジカルにモノをつくっている。たぶんつくっているモノのスケールが違うだけで、岡本さんは建築もつくれるんじゃないかとわたしは密かに思っているんです。

岡本:建築はもともと勉強していたんです。その道には進みませんでしたが、ジュエリーをつくるときもアプローチの仕方は建築のそれと一緒で。建築をつくるときって、基本的には施主がいて、問題を聞くところから始まる。そしてその問題を、モノで解決していく。そのモノが人の生活や心、あるいは使った人の人生にどう影響を与えるかということにわたしは興味があるんです。ちなみにいまでもジュエリーを制作するときは建築模型をつくる素材でモックアップをつくっています。

工藤:岡本さんの素材に対する柔軟性も、建築のアプローチと共通性を感じますね。

岡本:もともとアンティークジュエリーが好きだったんですけど、金属アレルギーがあることがわかって、金属を使わずに自分が使いたいものをつくりたいという気持ちからSIRI SIRIは始まっています。一般的にジュエリーでは、金や銀、プラチナ、宝石と、すでに価値の決まっているものが使われることが多いのに対し、建築ではいろんな素材をダメでも試していく。素材自体は安いものでも、デザインによって新しい価値をつくることができます。そうした試行錯誤をするやり方が好きで、素材には常にアンテナを張っていますね。

工藤:今回のスイスの建築紀行は、これからSIRI SIRIの店舗を設計するにあたって、ある意味ではクライアントである岡本さんのことを理解するための旅だと思っていたんです。でも終わったあとに気づいたのは、5日間ずっと彼女にヒアリングされていたなということ(笑)。ジュエリーデザイナーはクライアントがいない状況で自身が創作したものをほしい人に買ってもらうのに対し、建築家には明確にクライアントがいて、彼らの問題意識を聞き出すのも職能のうちなんです。なので、岡本さんのヒアリング好きなところも建築家らしいなと思いましたね。

岡本:「なんで?」を聞くのが好きなんです(笑)。人って「なんで?」と聞かれたときに初めて考えるじゃないですか。そこでたとえ言葉が足りなくても、そのときに出てきた言葉の集まりがその人らしさを表すと思っていて。そういった、個人が何を考えているのかということに興味があるんですよね。

工藤:とはいえ、わたしたちのかたちに対するアプローチは逆で。彼女がかたちをつくるときはクライアントがいないので、自分ですべての条件を決められる。そうした環境だからこそ、力強いかたちが生まれてくるのだと思います。わたしの場合はクライアントがいて、求められているものや決められた敷地といった前提条件があるので、彼女のようなかたちのつくり方はできないんですよね。だから彼女と話すなかで、わたしも「普遍的なかたち」みたいなものを探求してみたいと思ったんです。スイスを旅しながら、自分のなかにある普遍的なかたちってなんだろうということを考えていました。

これからSIRI SIRIの店舗をつくるにあたって、普遍的なかたちを考えることにも挑戦してみたいですね。これまでは自分ひとりでやってきましたが、ふと、同じものを見た2人から出てくるアイデアもあるのかなと。今回の旅では建築を見るのもすごく大事だったんですけど、その道中に交わした彼女との会話が、わたしにとっては糧になっています。

岡本さんと工藤さんのスイス建築紀行は、巨匠たちの作品やスイスの文化を通して、2人が自らのものづくりを考える旅となりました。ものが溢れた現代において、建築家は、デザイナーは、なにをデザインするべきか? 自らのアイデンティティを、そして社会を考えることから、そのヒントは見つかるのかもしれません。

文 宮本 裕人

対談写真 伊丹 豪

 

ASSEMBLAGE TALK EVENT「スイス建築紀行」

WEB MAGAZINE 『SIRI SIRI ASSEMBLAGE』リリースを記念し、初回記事である「スイス建築紀行」のスピンオフトークイベントを開催します。

岡本菜穂と、工藤桃子さん、司会に『SIRI SIRI ASSEMBLAGE』コントリビューティング・エディター 増村 江利子氏も加わり、スイス建築紀行をテーマにお話します。3人の独自の感性が触れ合う瞬間をお楽しみください。

日時: 8月10日 (金) 19:00 – 20:30

会場:SIRI SIRI SHOP(東京都港区西麻布2-11-10 霞町ビル2F)

料金: 飲物・軽食付き 2,000円(定員20名)

お申し込み:Peatix より お申し込みください。